2014年6月8日日曜日

坂本慎太郎のセカンドアルバム『ナマで踊ろう』があまりにも素晴らしかったので久しぶりに長文を書いた























一時代を築いたような圧倒的なキャリアを誇るバンドが解散した後に
ソロや別バンドを組んでリリースするアルバムにとても興味がある。
特にそういう場合のセカンドアルバムが個人的に大好きなのだ。

ファーストアルバムは自身のそれまでの作品と地続きのような形になるものが多いのだが、
そこで自分自身と真摯に向き合ったアーティストはセカンドアルバムで劇的な変身を遂げることがある。

コーネリアスの1st『THE FIRST QUESTION AWARD』はギターポップと皮肉めいた歌詞で
フリッパーズ・ギターの延長線上のような作品であったが、
続く2nd『69/96』はへヴィーメタルと69年趣味をサンプリングでグチャグチャに混ぜた
それまでに誰も聞いたことがないオルタナティブロックアルバムとなった。

曽我部恵一の1st『曽我部恵一』はバンド時代の肩の荷が下りたかのような
内省的で素朴なアルバムだったが、
2nd『瞬間と永遠』は今までの美しいメロディはそのままに
その後の曽我部恵一BANDの音像を示すようなざらついたガレージフォークアルバムだった。

ZAZEN BOYSの1st『ZAZEN BOYSⅠ』はNUMBER GIRLのラスト・アルバム
『NUM-HEAVYMETALLIC』の続編のような作品だったが、
2nd『ZAZEN BOYSⅡ』はツェッペリンとプリンスがぶつかり合う強力なビートに
念仏・説法のようなラップが融合するとんでもない傑作であった。


坂本慎太郎の1st『幽霊との付き合い方』は言うなれば『ゆらゆら帝国のめまい』『空洞です』で見られた
美しいポップスを作る職人としての彼の才能が如何なく発揮された名盤だったが、
この2nd『ナマで踊ろう』はそれまでとはまるで別の、いや、たゆたう音像はそのままに
今までの彼のキャリアにはなかった極めてメッセージ性の高いアルバムとなった。

ジャケットは本人の肖像写真をモチーフにしているがその顔は髑髏になっている。
後ろには巨大なキノコ雲。中のアートを見ると砂漠に飲み込まれた都市、
何もない海辺にポツンと立つヤシの木と妙に退廃的で虚無的なイメージが広がる。

しかしその景色にどこからともなくハワイアンのような呑気なスティールギターが聞こえてくるのだ。


彼は本作のコンセプトについて「人類滅亡後の世界」であると明言している。

昔の常磐ハワイアンセンターとか、ハトヤ温泉とか、ファミリーランドみたいな遊園地で も
いいんですけど、そういう人工的な楽園みたいなものを作ろうと思った人達…その人達は
もう死んじゃってるんだけど、その人たちの意志や志みたいなものだけが、まだふわふわと
このへんに漂っているような、そんなイメージなんです。人類が滅亡してもその気持ちや
魂だけが残って、誰もいない宇宙に漂っているっていうのが、すごいかっこいいと思ったんですね。
もっと具体的にいうと、人類が滅亡した地上で、ハトヤのCMがただ流れている、みたいな。
http://realsound.jp/2014/05/post-586_2.html

それは共感だとか連帯だとか絆のような、ともすれば宗教的になってしまう概念を嫌い
「後ろで何となく流れているが、よく聞くと恐ろしい音楽」を目指した結果である。
そしてそのコンセプトは見事に実現出来ていると思う。


アルバムを再生すると最初に流れる1曲目「未来の子守歌」では

かつてこの国には
恐ろしい仕組みがあった
君のパパやママが
戦ってそれを壊した

でも思い出して
そいつはいるよ
明日起きて
考えてみて

と寓話的に滅亡後の世界から我々に語りかける。

ここから「世界に何があったのか」「どうして人類は滅亡したのか」という疑問を聞き手に抱かせて
1曲1曲聴き進めるごとにその恐ろしいシナリオがわかってくるような作りになっている。

2曲目「スーパーカルト誕生」でそれは明示的に表される。

愛より素敵なものだと
神より役立つものだと
どう見ても地獄だけれど
もう戻れない もとには

3曲目「めちゃくちゃ悪い男」では困難な時に優しい顔で近付いてくる男は
大抵めちゃくちゃ悪い男だよ、と語りかける。

「義務のように」「あなたもロボットになれる」は全体主義化される現代に対する痛烈な皮肉だ。

特に「あなたもロボットになれる」では頭にチップを埋めるだけで不安や虚無から開放される
ロボットになれるという内容だが、最後に出てくる歌詞の、

日本の5割が賛成している
危険のランプが点滅している

の部分で、それまでぼんやりと聞いていた者に
「これは現実の日本に住む我々が直面している話だった」という衝撃が走る。

そしてラストナンバー「この世はもっと素敵なはず」では

見た目は赤ん坊 すぐに泣いてしまう
いつが危険な この国の独裁者

そいつの機嫌で 何人も死んだ

見た目は日本人 同じ日本語
だけどもなぜか 言葉が通じない

中身はがらんどう 木彫の人形
そいつを拝んで ただ口をつぐむ

と今までにないほどの直接的な言葉で現代日本を痛烈に批判する。

そして

よく見なよ お前正気か?
(あいつらみんな人形だよ 自分の目で確かめておいでよ)

よく見なよ お前平気か?
(この世はもっと素敵なはず 自分の脚で確かめてきなよ)

と我々に強く語りかけるのだ。




アルバム全編で流れるスティールギターについて安田謙一氏は
「陶酔というより酩酊に近い、日常と隣りあわせのトリップ感」(http://zelonerecords.com/ja/news/1769
と評していたが、個人的には呑気というか陽気というかちょっとバカらしい雰囲気さえ感じてしまう。
しかしこの能天気さが人類滅亡を暗示する歌で鳴っているのが怖いのだ。

ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』ではゾンビ達が世界にあふれる終末的な映像に
ショッピングモールのラウンジ音楽のような常にのんびりとしたBGMが流れて恐怖を倍増させていた。

つまり、きっと人類滅亡はある日突然訪れる劇的なことなんかじゃなくて
知らない間に侵攻していて気付いた時には衰退しているようなものなのだ。

そしてそれは我々が東日本大震災以降に経験し、そして今現在も経験している
恐怖と呑気の感覚と地続きなのだ。

この恐怖と呑気の混在は楳図かずお作品を読んでいる時の感覚に似ている。
楳図氏言うところの「恐怖を突き詰めれば笑いになるし笑いを突き詰めると恐怖になる」そのものだ。

くしくも坂本氏は以下のように述べている。

特に今回は昔のSF小説とか漫画みたいな感じにしたかったんです。
若い頃読んだフィリップ・K・ディックみたいな。
漫画だと手塚治虫、楳図かずおとか。
そういう昔のSF(のスタイル)を借りて表現するっていうのは今の時代に有効かなって思うんですよね。

(「ミュージック・マガジン」2014年6月号 P.55)

ここで彼が挙げた手塚治虫や楳図かずおが昔から為政者によって猥雑で危険な思想物だとして
批判の対象とされていることと、今回のアルバムが示す内容に符号があるというのは考え過ぎだろうか。


個人的に深く刺さったのは8曲目「やめられないなぜか」だ。

地震 水害 台風 大火災
見舞われるたんびにもうやめよう
と思った でもやめられない俺は
あれを

殺されそうになったって
殺されない限りまだだ
やれるさ もうやめられない俺は
あれを

この歌詞は「原発政策に対する批判」という批評を読んだが個人的にはもう少し違う感じ方をした。
これは表現することをやめない坂本慎太郎氏の意思表明だと解釈した。
アルバムの中でもこの曲だけ彼の歌い方が特にエモーショナルに感じるのは私だけだろうか。


このようにアルバム全体でメッセージ性が強くなった背景について彼はこう語っている。

もうぼやかしたり、なんかありそうな雰囲気のものはもうやりたくないという
気持ちがあったんですよ。そのものずばりの、CMソングとか、子どもの読む少年漫画とか、
そういうバシッとしたものにしたかった。
http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/sakamoto-shintarou/1000000974

あと、さすがに、メッセージ的なものが何もない音楽って、今どうなんだろうって、ちょっと思いますね。

歌詞で言うとか言わないとかじゃなくて。なんでしょうねえ…ただ楽しければいいとか、
おしゃれだからいいとか…そういうのを今作ろうとは思わないですね。
http://realsound.jp/2014/05/post-586_3.html


先日ラッパーのK DUB SHINEと宇多丸がまるで共同声明のような楽曲
『物騒な発想(まだ斬る)』を突如として発表した。


彼らのレギュラー番組「第3会議室」でのやり取りを見れば分かる通り
思想がまったくの正反対で絶えず喧嘩している二人だが以下のように述べている。

宇多丸「僕とK DUBはさ、元々の言っている政治的なさ、考えみたいなのが結構反対だ、
みたいなことを言われてたんだけど。このご時世になると、お互い『これは…』っていう。こうね。」
http://miyearnzzlabo.com/archives/17436

彼らのような世代のミュージシャンが何かメッセージを発信せずにはおれない状況が
今まさに起こっているという気がしてならない。

深く考えれば考えるほど「この世はもっと素敵なはず」のラストがリフレインする。

ぶちこわせ
(この世はもっと素敵なはず)
ぶちこわせ
(この世はもっと素敵なはず)